ごめん。高校を辞めて働いて欲しい・・・。私は中退し、仕事で毎月20万以上母に渡していたが急逝。葬式後、母親の通帳を見たら涙が止まらない。

Hisasi 2021/02/07 告発 コメント

小学校の低学年時に父と母が離婚した。

その後父に会ったのは1度だけで

「こちらで暮らさないか」と言われたけど、

「お父さんは愛人と暮らすために私達を捨てたのよ」

と教えられてきた私は、側にいた母にしがみつき泣きながら断った。

「お父さん嫌い。二度と会いたくない」と。

母は私達を学校に送り出した後に仕事に出かけ、

掛け持ちで水商売と夜遅くまで働いていた。

貧乏で欲しい物も買ってもらえず、弟とふたりで暖房の無い部屋で

母が帰るまでお腹をすかせて震えていたりと辛かったけど、

懸命に働く母を助けるため私も家事を覚えて、

小6くらいからすべての家事をしてた。

そんな幼少時代を経て、高校の時に母から泣きながらこう言われた。

不景気で給料が下がって、その上家賃が上がったから生活出来ない。

養育費もないし、無理しすぎて肝臓が悪くなった。

このままじゃ弟も学校にやれない。

悪いけど学校をやめて働いて欲しい

大会目指して頑張っていた部活に未練を残しつつも、

高校は辞めざるを得なかった。

「私が支えていかなきゃ」

と母の言葉に従って働き、18歳までは10,000円以外すべての給料、

18歳からは母の紹介の水商売のお店で働いて毎月20万を渡していた。

でも、それでも家計は厳しかった。

何故だかわからなかったけど、

「毎月30万くらいないと家計が回らない」

母から言われるようになった。

私も18の女の子。

欲しい服の一つや二つはあるし、10000円じゃ私が回らない。

弟も、言わないけど小遣いもなく無理している。

30万も稼いで家に入れ、弟の学費とお小遣い。そして自分の生活費。

高校も出ていない18歳の女子には、もう選択肢は限られていた。

私は自分の身体を削る仕事も始めざるを得なかった。

もちろん、家族には内緒・・・

それから間もなく、母が心筋梗塞で急死した。

葬儀をしたいからと母の身内に連絡したけど、

「香典送るわ」って返事ばかりだったので、弟とふたり家族葬で送った。

寂しい葬儀で母が可哀想だった。

ふたりだけになった不安から1週間ほどボケ~と暮らした。

ただ、もう体を売る仕事しなくてもいいと思うと、

ちょっとだけホッとした自分もいた。

それでもこれから自分たちで金銭の管理もしなきゃと

書類整理してたら、母の通帳が何冊か出てきた。

その通帳を見て、本当にびっくりした!

毎月20万、6ヶ月おきに数十万、

数年おきに数百万が通帳に入金されていた!!

弟と二人、しばらく理解することができなかった・・・

私がからだをうって、毎月家に入れていた生活費を

管理していた通帳ではない事は確かだった。

弟と相談して、絶縁状態だった父と連絡を取ることに。

父の手がかりは数年前に来た叔母からの手紙だけだったけど、

なんとか連絡を取ったら

母の言ってたことはすべてウソだった事が分かった。

離婚原因は、自営の父の会社の事務員だった母が、

支払い金を使い込んで倒産寸前まで追い込んだ事だったし、

父が会いに来なかったのも私が父を拒否したからと、

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